Night of beginning 7
「○○○……これ……」
俺は○○○に手紙を渡した。
「えっ?珪くん?なにコレ?」
○○○は不思議そうな顔で俺を見上げている。
「……いや。おまえの弟に頼まれて。」
「尽っ!?」
○○○の声がアルカードの中で響いた。
今日は木曜日で俺も○○○もバイトの日だ。
「!あ……すみません!何でも無いです!」
○○○は赤い顔をして店の奥に走って行った。
……心配してたんだな……アイツのこと……。
俺はマスターにモカを頼んで、いつもの席に。
暫くして○○○が戻って来た。
「あの……珪くん」
「なんだ?」
「尽が迷惑掛けちゃって、ごめんなさい!」
「……ん?」
「春休みの間、珪くんのお家に泊めて貰うだなんて……お世話をお掛けします!」
「……!」
なんだって?
アイツそんな事、一言も言わなかったぞ。
「?……珪くん?」
「ん?……ああ……いや……。そうだな。泊めるんだよな。」
「もしかして……尽が勝手に言ってるだけじゃないの?珪くん知らなかったんじゃない?」
……おまえ……普段は鈍いのに何でこんな事には鋭いんだ?
「いや……そんなことない。聞いてる……。」
「……本当に?」
「そんな顔するな。大丈夫だ。」
「そう?それなら良いんだけど……。」
「ああ。いいんだ。」
おまえに……そんな顔してほしくない俺。
でも心配してくれるのは嬉しいもんだな。
「尽ったら朝早くから遊びに行っちゃって連絡がつかなかったの!あの子の友達に聞いてみようって思ってたら尽から電話が掛かってきて今晩は友達の家に泊まるって一言だけ言って切っちゃうし!」
「ふぅん……。」
「友達って珪くんの事だったの?」
「……そうみたいだな。」
「人に散々心配させといて今度は珪くんのお家にお泊りだなんて!もう!!本当にしょうのない子!!
○○○は堰を切ったように話し出した。
余程、弟の事が心配だったんだろう。
それに……
さっきまでは心配そうな顔だったのに、今度は怒っている。
……相変わらずコロコロ表情変わるんだな。
見てて飽きない……な。
「珪くん、尽が何かしでかしたら叱ってくれる?」
「…ん?」
「大人びた事を言ってても、まだまだ小学生なんだから!大人が注意しなくちゃ!」
「クスッ……大人?……おまえも?」
「!……なによ?わたしだって大人じゃない。春休みが終わったら3年生になるんだし……。」
「クックックッ……そうだな。3年になるんだし大人だな。……クスクス」
「もう〜!だって今!お父さんもお母さんも居ないんだもの!わたしが尽の保護者なの!!」
「……え?……おまえ…一人なのか?」
「ふぅ〜……そうなの。お父さんは出張。お母さんはお祖母ちゃんが入院するから実家に行ってるの。」
「……そうか。」
「なのに尽ったら〜!いつもお母さん達の前じゃ良い子になってるクセに、わたしと二人だと全然違うんだから〜!」
「……おまえ。なんか楽しそうだな……。」
「!!あっ……ごめんなさい!休憩時間だったのに……わたしが喋ってちゃ、ゆっくり出来ないよね!ごめんね!」
「あ…いや。」
「じゃあ!ゆっくりしていってね!尽のこと宜しくお願いします!」
「おい……!」
○○○はペコリと頭を下げ、カウンターに入って行った。
……俺。
そんなつもりで言ったんじゃないのに……。
アイツ楽しそうだったから。
姉弟って良いもんなんだなって……そう思っただけなんだ。
そう……ちょっと……羨ましかっただけ。
時計を見ると休憩時間も終わりだ。
ふぅ……
ダメだな俺……。
もっとアイツと……。
○○○と……話したかったのにな……。
「行くか……。」
俺は溜息を吐きながら店を出た。
「……雨?」
店の外に出た俺は、そこでようやく雨が降り出した事を知った。
行き交う人が雨の中を走っている。
撮影所まで、それ程距離も無い。
走れば……大丈夫そうだ。
「……春の雨……か」
ふと、顔を上げた俺の目が捕らえたもの。
店のガラス窓に映っているのは……
……子供の頃の俺だった。
「!……な…ぜ……?」
昔……アイツと別れた時の……。
泣きそうな顔をした……子供の頃の…俺……。
俺の頬を……静かに春の雨が濡らしていった…………。